「だいたいおなじ」を作りながら、ずっと気になっていたことがありました。
人はどうやって、まったく違うものの間に「おなじ」を見つけるのだろう。
その問いが、ようやく図として形になりました。
たとえば「じてんしゃ」と「くるま」はどちらも「のりもの」で「タイヤ」がある。「くるま」と「家」は「複数人用」で「すごす」場所。「家」と「スプーン」は——少し意外ですが、「ごはん」でつながっています。それぞれのものが持つ特性を取り出すと、一見無関係なものどうしが、どこかでひっそりとつながっている。
図の中に、文字の入っていない丸があります。まだ名前のついていない「おなじ」の場所です。きっと他にも、まだ気づいていないつながりがたくさんあるはずです。
このことは、ゲームの外でも起きていると思います。
ある対象に対して距離を感じているとき——たとえば、どうしても馴染めない人や、苦手だと感じている相手がいるとき。その人と自分のあいだに、なにか「おなじ」を見つけた瞬間、その距離が少しだけ変わることがあります。好きになる必要はない。ただ、「だいたいおなじだ」という認識が、対象への見方をそっと動かす。
「おなじを見つける」という認知の働きは、ものごとへの親しみを生むだけでなく、対象との心理的な距離そのものを変容させる可能性を持っています。このゲームは、そのための小さな練習の場でもあるかもしれません。



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